『見返りを求めない』気持ちについて








見返りを求めない。

人との接点としても大事な事として、見返りを求めない気持ちが必要である。

見返りを求めないとは、自分の利益のみに追求しないで、相手に利益を与える事である。
相手を蹴落として取る利益はもっての他だ。

仕事には相手の利益、条件を満たすという、大切な役目がある。満たされると、相手も納得し、また利用しようと思う。
快く思えば常連になり、何度も利用す る。

何を当たり前の話しを言ってるのだと思うだろう。しかし見返して欲しい。

■近所の家電屋
 
ある中小のしがない電気屋は近所に大型家電が出来ると聞き、
売り上げが落ちる事は間違いなく店をやめようとおもった。

だが、馴染みの客に家電販売以外になんでもするというサービスを付けた事で一部の利用客にはひいきにされて、
大型家電以上の利益に結びついた。

商品の設置やトラブル対応といった基本業務から電球替え、草ひきや留守番、犬の散歩、代わりの買い物等、
それはもう家電屋の仕事ではないだろうという事も していた。

正しくは困っていたから手伝った。サービスや代価を求めて初めたわけではない。
初めたきっかけも馴染みの常連の一言だ。「来てくれて助かる」

■地域活性に根付いたタクシー会社

このタクシー会社は流しという、車を走らせて客を取る仕事を以前はしていた。当初は10割だ。
そんなに乗ってくれるわけでもないので安定した利益がなかっ た。しかし、現在の流しは3割以下と極端に少ない。
7割が電話による予約で高いリピート率を誇り、安定した利益を出している。

何故変わったのか?

それは商店街ポイントが貯まるカードの企画や商店街にタクシーを呼ぶ為の直通電話があり、
すぐに来てくれる。もちろん、無料電話だ。また、ユニークな企画 が地域と連携しているからだ。

でも、もともとは商店街を活気ある賑やかな街にしたいという思いとそれに賛同した、
商店街の方、ひとりひとりの協力が結びついたおかげだ。

2つの例は特別な話しに感じるだろう。しかし、小さく見れば些細なお願いや、
個人の夢や希望といった思いはどんな仕事をしていても関わってくる。

ついでにお願い〜とか、おまけして〜とか、こんなことしたらどうだろう?とか仕事以外に
お願い事や個人の想いを聞く事はけっこうある。

でも、その本人にしか受け止めれない、些細な事。判断もその本人だ。

割り切って、自分の得のみを選ぶ選択=些細な事をしなければ時間も空くし、労力も空く。確かに楽だ。

しかし、立ち止まって自分の得について考えてみよう。自分の得というのは反面、独りよがりになりがちだ。

時代が変われど、日本は義理や人情という社会気質で、生活が仕事に結び付き、
外国のような割り切りは少ない。震災の影響もあり、関東ではより顕著に生活が 見直されている。

〜してくれたから、〜で返そう。
若い世代にはめんどくさい話しかもしれない。
しかし、それが日本で働くという事である。そして、自分の利益の追求のみを取るやり方ではないという事だ。

この心は海外でも話題で関心を集めている。

■熱狂的なイチローのファン
 
イチローの熱狂的なマリナーズファンの話しは有名で毎日、ヒット記録のボードを球場で更新し応援していた。

サインももらいたいと思った時もあったが、それは目標ではない。もらえなくてもよいと思った。
何かが欲しいからするのではなく、イチローが頑張る姿を応援 し、自分もそれを見て応援された。
自分がしたいからしたという精神。

しかし、イチローからすれば熱い応援は元気が出る。応援を見ていないわけではなかった。

長い長い期間の応援を受けて、突如、バットや靴を送ったそうだ。
熱狂的なファンから言わせると、イチローのプレースタイルや球場に立ち向かう精神が応援に向かわせた。
イチローを応援していて幸せだと言う。

熱狂的なファンの戯言と思うかもしれない。

しかし、相手の事を配慮する気持ちがそこにある。

そこには自分の中に見返りを求める意識はない。ないから行動出来るし、相手から何もリアクションがなくても良いのだ。
もともとははやってみようという軽い 気持ちだ

打算的なやりとりでは表面だけである為、伝わらない。

あなたの職場が打算的であるのをよしとするなら、そのままでいいだろう。

しかし、何かを求めるられる場所・立場であるならば、より見返りを求めてはいけない。

人は人を見て行動を起こす。いい商品、いいサービス、利益追求、
ただ並べたような打算的な用語では意味がないのではないだろうか?。

用語の後ろには人の想いや気持ちが入って初めて伝わるもので、
後から結果として自分に入ってきたものが利益や商品やサービスなのだろう

今一度、見返りを求めてないか?固執した押し付けをしていないか?ちゃんと相手を見ているか?

見直して見よう。

社会全体とか大きな事は言ってはいない。人には出来る範囲は限られている。
例に上げた会社や人も範囲は狭く、限定している。

1人でもいいのだ。まずは関わる目の前の人から見直してみよう。

元のページに戻る。